連載 〈教育〉を哲学してみよう・1【新連載】
教育哲学とは?―「なぞなぞ」から「教える‐学ぶ」関係を考えてみよう
杉田 浩崇
1
1愛媛大学 教育学部
pp.680-684
発行日 2019年8月25日
Published Date 2019/8/25
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1663201306
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学校に限らず、〈教育〉はありふれた現象だ。親になれば、子どもの日々の変化に目を細め、ときには教育の方針をめぐってけんかをすることもある。職場に後輩が入ってくれば、右も左もわからない新人のための研修を組み立てなければならない。居酒屋を覗けば、互いに教育の持論を披瀝し合い、酒のつまみにする人たちを見つけることもできるだろう。「一億総教育評論家」とも言われる所以である。だが、職業として教育を担う限り、そこにとどまってもいられない。そこで教育の専門職でもある立場として、〈教育〉とは何かをあらためて考えてみようというのが、この連載のねらいである(なお、〈教育〉に括弧がついている場合、私たちが教育と呼んでいる現象一般を意味している。人によって教育という言葉で意味するものはさまざまで曖昧なので、それぞれが指している何ものかをさしあたり〈教育〉としておこう、という程度の意味で理解してもらえれば構わない)。
それにしても、〈教育〉を哲学するというのはどういうことだろうか。「哲学」と聞いて敬遠したくなった人もいるかもしれない。何やら難しい専門用語を使って、役に立たないことを悶々と考えるイメージをもつかもしれない。けれども、哲学することは教育者にとってとても重要だし、効果的ですらある。どうしてそう言えるのかは、この連載を読みながらじっくり実感してもらうとして、簡単に説明しておこう。
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