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はじめに
問題の所在:「病気を診ずに,病人を診よ」?
もう何年前になるのでしょうか。長年患っていた腰痛がひどくなり,足にはしびれが,脚には冷感が日常的に伴うようになりました。列車や飛行機での移動時が特につらく,治療方法を探していたとき,新聞紙上に腰痛関連の医療記事が掲載されました。そこに紹介されている新しい治療法は,その時点ではたしか保険適用にはいたっていませんでしたが,その手術をしてくれる病院名が記載されており,翌日,早速仕事を休んで,すがるような気持ちで病院に駆けつけました。
大病院での初診のため,半日以上待ってようやく自分の順番がめぐってきましたが,なんと診療にはいたりませんでした。医師は,自力で歩いて来た私にたった一言「あなたの後方で待っている患者さんを見てください」とだけ言い,次の患者を導くよう看護師に告げました。たしかに,その医師の診療を受けるための待機場所には松葉づえや車椅子に乗った患者が数多く見られ,なるほどと頭では事態を理解したものの,まったく話を聞いてもらえないことは失望以外のなにものでもありませんでした。
失意のなかで帰ろうとしていたとき,病院の廊下の壁にその病院のモットーが掲げられているのが目に入りました。それは,「病気を診ずに,病人を診よ」の言葉でした。病気の重篤さで治療の順番を決めた医師の判断に医学的な誤りはないとしても,それが病院のモットーにかなっているのかは大いなる疑問として残りました。
「医師は人の病を治し,看護師は病める人に寄り添う」とは─病人の実感として─的を射た表現であり,それぞれの立場で向きあう対象の違いが明確に示されています。このところ,どこの病院で治療を受けても,医師はPCのディスプレイを見るだけで,患者に向き合い,病に苦しむ患者からの訴えを謙虚に丸ごと聴こうとする姿勢に出会うことは少なくなりました。また一方,病める人間に寄り添う身体(基本的姿勢と教養)をもった看護師も少なくなってきているように感じます。看護が看護学となり,その専門領域が大きくなった分だけ,どこか知識優先で患者に対応している看護師が増えてきているのではないかと危惧しています。
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