特集 当事者に学ぶ
退院後の患者さんに寄り添って―「信鈴会」発声訓練教室とともに41年
今野 弘惠
1
1元信州大学医学部附属病院
pp.342-344
発行日 2004年5月1日
Published Date 2004/5/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1663100394
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ある患者さんとの出会い
■声をとり戻すための援助
1963(昭和38)年のことである。医師より喉頭全摘(失声)の宣告を受けた島成光さんは,「声が出なくなるなら手術は絶対にいやだ,このまま放置して,1年でも声のつづく限りカナリヤの講演(島さんはカナリヤの飼育業をしている)をして一生を終われれば悔いはない」といって手術を拒否した。その時耳鼻科に勤務していた私は,島さんに,大阪に患者会(阪喉会)の発声教室があることを説明し,人工喉頭(当時はそれが訓練・リハビリの主流であった)を用いれば再び会話も可能であることを伝え,ようやく納得してもらい手術にふみ切ってもらった。当時は手術例も少なかった。声を失う(喉頭摘出術を受ける)ことへの援助はしても,失った声をとり戻すための援助は何ひとつなし得ていなかった。そのため,島さんにも安心して手術を受けるよう,自信をもってすすめることができず,悲しい思いをした。
島さんとの出会いが契機となり,このままではいけない,安心して手術が受けられるよう援助するためには何をすべきか,術後すべての患者さんが何らかの方法によって会話が得られなければいけない,何とかして発声訓練の場を設けたいと思い,外来の診療室の一角で週1回,テープレコーダーなどの教材をもとに,試行錯誤しながら始めたのが,松本発声教室の起こりである。
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