新刊紹介
—谷崎潤一郎 著—「鍵」/—フランソワーズ・サガン 著 朝吹登水子 訳—「ある微笑」
松本 一郎
pp.37-38
発行日 1957年3月10日
Published Date 1957/3/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1662201366
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昨年の春から暮にかけて,中央公論に連載されていた「鍵」が,このたび棟方志功の装釘,版画に飾られて豪華な一本にまとめられた.この小説が発表当初から,文学の専門家のあいだだけでなく,政治家,社会評論家,主婦,サラリーマン,学生その他あらゆる階層の人たちのあいだで,さまざまな論議をうんでいたのは,衆知のとおりである.否定論,肯定論,毀誉褒貶,てんやわんやの騒ぎであつた.
まず,否定論を紹介すると,次のようなものがある.「ワイ談だね」と,荒垣秀雄の評.「性交不能者の,好んでしやべる露骨なワイ談」と,小汀利得.「露悪的な裸体画」と,村岡花子.「ある種の春画を文章に読むようなもの」と,松原彦一政務次官.これが嵩じると,世耕弘一法務委員の,「このようなものを取締れない刑法や軽犯罪法ならば後世のものわらいになる」という極論まで出てくるシマツである.が,これらの否定論は,文学の本質--本質というのが固苦しいならば,文学の面白味--を知らない俗物どものタワゴトとにすぎないのだ.
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