新刊紹介
—佐多稻子著—「いとしい恋人たち」/—阿部知二著—「夜明けに進む女性」
松本 一郎
pp.57-60
発行日 1956年11月10日
Published Date 1956/11/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1662201298
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題名からもしられるように,この長篇小説には,幾組かの苦い,恋しあつている男女の生活が描かれている.特定の主人公はいない.東京が,舞台になつている。が,一応舞台が東京になつているというだけで,これは大阪でもいいだろうし,福岡でも,仙台でもかまわないだろう.今日の日本の都会の,どこにでも,いくらでも存在している若者たち--それもそれぞれ役所だとか会社だとかで働き,或いは夜学へ通つていると云つた,最大多数の小市民たちが主人公である.そうしたごく一般的な若者のなかから,作者は3組の恋人たちを抽出して,この小説を構成している.
勝田伸と矢沢次枝は,同じ役所に勤めている恋人同士で,お互いに家の者の諒承を得て結婚したいと思つている.伸の場合は,或る放送局に勤めている戦争未亡人の嫂の絹子が,善意に満ちた支援をしてくれるのでひとまず問題ないとしても,母娘2人暮しの次枝の場合,果して母親が許してくれるかどうか.内気な次枝は自分の意思をはつきりさせることも出来ず憂ウッに沈んでいる.彼女の母は阿佐谷で間貸しをしていた.その一室を借りている宮内咲子は,昼間ある出版社で働き,夜は学校へ通つているアルバイト学生で,同じ夜学に加治千太という恋人がいた.その咲子のところへ或る夜,親友の安西みどりがわツと泣きこんで来た。みどりには浅沼鉄夫という恋人がいたが,彼の勤め先の経営が不振なので,鉄夫に田舎へ帰られてしまいそうだというのである.
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