隨筆
冬のロンドンにて
山川 菊栄
pp.36-39
発行日 1954年8月10日
Published Date 1954/8/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1662200787
- 有料閲覧
- 文献概要
- 1ページ目
ロンドンから北へ汽車で4,5時間,ランカシャーはマンチェスター附近の紡績地帶に出かけたのが1952年1月なかばのこと.あっちは寒いからうんと着てらっしやいよ,と私のとまっていた国際寮のおばさんに注意されながらつい重たいのがイヤで羊の毛が裏についている,温い深靴をおいて,普通の靴で出かけたのが失敗のもとだった.ランカシャーに滯在している5日間というもの,雨や雪,みぞれになやまされ,工場や労働組合の事務所やその会合と,晝となく夜となく歩きまわる間にひどい神経痛を起してしまった.左の脚が痛んでロンドンの寮に帰ってからも,食堂へ出るのに壁づたいによろめきながら辛うじて歩くしまつ.寮長のシスレが心配して折よく私の隣室にとまつていたエジプトの女医に紹介してくれた.お医者ならいくらでもある,といわれた通り,ビルマ,カナダ,フィンランドの女医が留学生としてきていたのを知つた.ここは大学婦人協会の国際寮で,各国の留学生や旅行者の非營利的な寮である.留学生はヨーロッパではイタリーの若い娘が多く,東洋ではインド人が多かつた.
さてそのエジプトの女医さんは年の頃40にもなろうか.どこだったか地方の都市の病院に勤めて数日間ロンドンに用事のため出向き,かねてなじみのこの寮に滯在しているのだった.
Copyright © 1954, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.