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福祉の勉強をつづけていると,不思議と支援・援助が必要な人に「何かをしてあげること」が福祉の目的であるかのような錯覚に陥ることがある。それが実習で表れる。たとえば,特別養護老人ホームへ実習に行く。するとたいていは介護職の担当職員が実習生に同行し,実際に介護をしたり,見たりしながら学ぶ。これぞ実習。介護はとくに実習している実感がある。しかし,ほんのひとときでも担当職員の姿が見えなくなると不安になる。何をしたらよいやら,施設内をうろうろうろうろ。そんな実習生を見るに見かねてか,すかさず実習担当職員から温かい一声がかかる。「入居者の方々の話し相手になってくれると助かるわ。普段私たちは忙しくて相手してあげられないから」。実習生はすかさず入居者を見まわす。自分のお気に入りの利用者が見つかると小走りで寄っていく。そして声を掛ける。「良い天気ですね」とか。入居者がテレビを見ていれば「何見てるんですか?」なんて感じ。
そこで私は我に返った。なんか変じゃない? 突然話し掛けられた入居者は「わたしは好きでひとりでぼーっとしてるのよ」なんて思っているのかも。さらに,「何見てるんですか? だと! そんなもん見ればわかるじゃろうが! テレビ見てるときくらいほっといてくれんかね…」とか。もちろん入居者はそんなこと口が裂けても言わない。孫くらいの年齢の可愛い実習生に優しく接してくれる。私達が実習生であることを理解し,実習させようと一番親身になってくれているのは入居者なのだ。でも,私が高齢になり,特別養護老人ホームで暮らしていたら,きっと「うるさい! ほっといてくれ!」ぐらいのことは言うだろうな。挙句の果てに「こんなところ出ていってやる!」なんて。しかし,帰るあてもない。行き場のない私は職員から頑固で性格の悪い爺さんとして疎んじられる。実習生は怖がって寄りつかない。内心平穏な自分空間ができてほっとしながらも,自らを追いこんでしまったバツの悪さに自己嫌悪をおぼえる。そんな感じだろうなあ。
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