戦後20年記念「ナースの手記」佳作一括収録
1 8月9日の長崎
久松 シソノ
1
1長崎大医学部付属病院
pp.88-90
発行日 1966年8月1日
Published Date 1966/8/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661912848
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●のたうちまわる負傷者たち
運命の日,昭和20年8月9日! 絶え間なく報ずる無気味な警報に戦きながら,不安と焦躁の息づまるような数時間ののち,やがて解除のサイレンに胸をなでおろしたときであった。突然すさまじい閃光,瞬間床に叩きつけられた。目を見張るが何も見えない。「目をやられたな」と思った。だれかが私の名を呼んでいるのがかすかに聞こえてくる。返事をしようにも咽喉がつまって声が出ない。“直撃弾にやられたのかしら,ああ,これが最後なのか”床に腹這いになったまま,心臓部に手を当てる。脈を触れてみる。皮膚をつねってみる。生きてはいるらしい。やっぱり目がつぶれたのかしら? 生か死か判然としない不気味な状態の中にあって,“溺れる者は藁をも摑む”思いで手を合わせていた。2,3分も経たであろうか,あたりが少しずつ明るくなってきた。と,驚いた。みんなぺしゃんこになっている。折り重なって倒れた天井や棚や戸の中から,力いっぱいもがきにもがいて,抜けだした。横倒しにたたきつけられた棚の中から,衛生材料,医療器具,カルテなどなど,あたり一面散乱して足のふみ場もない。履いていたズックも抜けて見あたらない。たかぶる胸をおし静めながら,ゆがんだ鉄かぶとを拾って頭にのせ,下駄と藁草履をかたがたに履いて身ごしらえをした。震える手で衛生材料をかき集め,何度も何度も取り落としながら,力のぬけた腰にくくりつけて外へ出た。
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