コーヒーブレイク
長崎にて
屋形 稔
1
1東新潟病院
pp.269
発行日 1993年3月15日
Published Date 1993/3/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1542901457
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平成4年(1992年)10月に第39回日本臨床病理学会総会長崎市で開かれ.長崎市は坂の多いコンパクトな街であるが,三方を海で囲まれた異国情緒の溢れる美しい都市である.ロープウェイで稲佐山に登ると360度のパノラマが眼下に展がり,日本晴れの秋空の下雲仙,天草,五島列島が遠望され,キラキラ反射する波にマッチして何とも美しいかった.ここには三等三角点という右があり,その上面が東京タワーとちょうど等高の333mということであった.
10月9日にちなんだ長崎くんちの祭りの終った後であったが,会員懇親会場でこの祭りの有名な龍踊りという中国風の奉納踊りが披露され喝采を浴びた.それにしても平和でわが国医学史上最も由緒ある地を襲った歴史上の受難は,一体神のいかなる思し召しであったのだろうか.古くは島原の乱とそれに連なるキリスト教弾圧があり,市内の日本26聖人殉教地を訪れたどきもその感があった.秀吉の禁教令でこの地で処刑された26人の像を彫刻した記念碑が建っているが,観光の道連れになった臨死体験を数回味わったという人物が,足を踏み入れた途端にゾーッとしてすくんだと言っていた.案内のタクシー運転手はここへ来るたびに頭痛に襲われるという.
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