Sweet Spot 文学に見るリハビリテーション
大江健三郎の『治療塔』—首相になった元リハ医
高橋 正雄
1
1筑波大学
pp.286
発行日 2020年3月10日
Published Date 2020/3/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1552201907
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1990年に大江健三郎が発表した『治療塔』(岩波書店)には,元リハビリテーション医の首相が,障害受容理論を持ち出して演説する場面がある.この近未来SFと銘打たれた作品は,知的にも肉体的にも「選ばれた者」たちだけが「新しい地球」に移民するために宇宙船団として旅立ち,地球には選ばれなかった「落ちこぼれ」が残るという作品だが,自らも「選ばれた者」とならなかったために「政治家となる前の本業の,医学者として第一流ではなかったのだろう」と噂される首相は,地球に残された人々に,「自分が綜合したリハビリテイションの理論」に則って,概略次のような演説をするのである.
障害を担い込んだ人は,一般に以下の過程を辿って,自分が障害者であることを認めるに至る.最初はショック期で,無関心あるいは離人症的になる時期だが,これは宇宙船団が出発した直後,全世界的に見られた静かで穏やかな雰囲気に似ている.「悲しむよりも動転してしまっている」のが,この時期の特性なのである.
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