アサームの旅・7
移民船で働くナースのたより—船中さまざま(その2)
大嶺 千恵子
pp.50-51
発行日 1964年7月1日
Published Date 1964/7/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661912299
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突然老船が咽喉を展わせて6回鳴り7回目に亀裂した声帯から必死に叫ぶようにしてポーッと尾を引いて第1回救命ボートの練習である。キャビンに駆けつけ赤い救命具を身につけデッキに出ると,突然の汽笛に騒ぎ立った子供達がワイワイ騒いでいる。組分けと櫓のNo.が指示され私達船員はあくまでも最後までお客様のために一体となって働くことが義務ということを聞き船長の点検と少し何やらを聞いた。12月というのに南シナ海は涼しい海の表情であり,私たちだけが実にのんびりと走っているようで小波を立てながら一路シンガポールへ向かっている。まったく空は青空,よい天気で船尾のデッキにもたれて私たちは日本人5人集まって遭難した情景を実感なくして勝手気儘な推察をするので楽しい限りである。白く泡立ってウズ巻くスクリューのたまらない海水の踊りに海が深いなどという観念を忘れてしまっていた。No.12のボートで私は櫓を受持つ必要はないらしい。救命具に大きくNurseと言う札をぶらさげるのみで,またまた私の救命ボートが行方不明になったらNo.がないので私を誰が捜査してくれるのだろうと情ないことはなはだしい。病院にもどって私たちは自分のボートについて話しあっていると,今度は消火訓練の合図に水夫が主体となって消火器を持ち出し放水の練習が始まり,船長は病院の戸閉まりを入院室まで点検して行った。とにかく一カ所も窓を開けてはいけないとのことである。
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