アサームの旅・4
移民船で働くナースのたより—寄港地 香港(その1)
大嶺 千枝子
1
1琉球政府立コザ病院
pp.58-59
発行日 1964年4月1日
Published Date 1964/4/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661912214
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不安と安堵の交錯した寂しすぎる出発に比し,第一番目に迎えてくれた香港の未明の灯は,夢みるようなイルミネーションで美しく眼前に広がって,島全体を包む灯は昨夜の疲れをいやすかのように静かに寝入っているかのようである。私は日本の熱海の夜景は見たことがないけれどもそこの何倍かの美しさだろうかと思いながら,億万弗の魅力でチカチカ輝くその表現を知らない。
エンジンの轟音で目ざめて窓から目に飛び込んだ九竜の灯をみて,喜び勇んでデッキに上がる途中,妙なもので急におトイレに行きたくなった。小学生の頃,運動会のスタートラインに立った時の気持を思いだして苦笑した。とにかく神経が高ぶっていたのである。デッキに出ると慶大サッカー部員が2人ビクトリヤ街を包む灯を眺めていた。朝になり移民団も船員も人事交替で騒がしく私も知らず知らず彼らに協調して朝食を3回ほどかんでは飲むような乱食ぶりに恥ずかしくなり,胃のerosionが気になる。毎食の肉片に一体とれぐらいのエキス成分が残っているのか気にしなから消化のために必ずポテトも採っていたのに,これでは帰るまでに潰瘍はおろか穿孔にもなりかねない,と心配したり,もし入院をするなら外国の方がよいじゃないの,物はついでに見物できたら私は《我がか弱き消化器殿》に感謝するだろうと考えた。しかし出船までの調子を考えると乱食は神経質なほど気になって仕方ない。
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