- 文献概要
人生のたのしみの最も大きなものの1つとして数えられている“たべもの”の話を,そこはかとなくしやべり合つていた時に,こんなことをきいて私はフト思いつくことがありました。
或る人がこういうことを話していました。その人は,鯛の顔をみると,胸がつまつて食慾がなくなるという。鯛の味は大好きなので,さしみやあらいをそれとわからずにたべればとてもおいしいのだけれど,一度それが鯛とわかると,鯛の顔が頭に浮び,ずらつと並んだ細い歯がみえてくるともういけないという。何故?それには次のような理由がありました。かつて,天災に見舞われた病院で,救助作業をしていた医師と看護婦がそのまま行方不明となり,2〜3日後に,浜辺にうちあげられたのを見た時,2人は眼をむき,歯をくいしばつて苦悶と無念の形相がすさまじかつたので,心からその死を悼み,悲しく思つた。それで2人のニッと歯をのぞかせた口許が,鯛の口から連想をうけるためであることがわかりました。
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