講座
老人の心理
猪瀨 正
1
1横浜医大
pp.12-16
発行日 1955年9月15日
Published Date 1955/9/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661909907
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近時わが国でも「老人医学」が提唱されるようになつて,それぞれの専門の分野で,老人或は老衰に関する臨床的,形態学的,生化学的研究が推進されつゝあるかに見受けられる。老衰という現象は生物にとつては,避けることのできない過程であることは云うまでもなく,長命に対する人類の希求が,その歴史と共に古く,その方法が種々行われて来たが,長寿の方法が未だに確立されないのと同様に,老衰の生物学的本態も不分明である。老衰現象は身体に於て著しく現れるが,それはまた精神の面でも目立つものであり,大部分の人は50歳を過ぎると,その衰えを自覚するのが普通である。そして,その基礎には脳に於ける退行すなわち脳の萎縮が証明される。神経細胞の脱落や特有の変化がみられるが,膠質化学的に説明される徴候が多い。周知のように,膠質液は時間と共にその分散度が減つてその粒子は大きくなつて行く。細胞は膠質液であつて,したがつてやはり膠質化学の法則が適用されると考えられ,そこに生命現象の衰退すなわち老衰の根拠があると考えられる訳である。
さて,老人の心理の特徴をこれから逐次挙げて説明するが,それらはいずれも私達の日常の経験に合致するものであつて,特に奇異なものがあるわけではない。まず老人になると記憶力が弱つて来て,ことに新しい事柄を覚え込むことがむずかしくなる。
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