発行日 1950年8月15日
Published Date 1950/8/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661906692
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M局長のお國入り
M局長が久し振りで郷土訪問をされることになつた。その噂を聞いて惱んだのが局長の小學校時代の同窓某氏であつた。懷しい舊友が歸つてくるのだから驛に出迎えたいのである。しかし晴着もないし,第一しがないその日ぐらしの自分である。相手は今をときめく高官である。驛頭には土地の有力者がたくさん並ぶであろう。自分のようなものが出るべき幕でない。しかし優しかつた舊友を思うと,やはり迎えたいと考えるのも人情である。その惱んでるのを見て友人が勸めた。「あの人に限つて君の出迎えを迷惑がるような人じやないよ。思い切つて行つて見給え」その人はとうとう決心して驛に出た。案の定市長をはじめ土地の貴紳士が無數に居並んだ。新聞記者も何人か來ている。次期の知事候補として最有力を傳えられる局長であるから無理もない。某氏は人の蔭で小さくなつていた,やがて局長の一行が大勢の人に圍まれて改札口を出てきた。有力者たちがバラバラ近寄つた。その時M局長は粗末な身なりに小さくなつて人の蔭に身をすくませてる某氏を目ざとく認めた。昔の通りに人懐っこい笑が局長の顔一杯にひろがつた,つかつかと笑顔のまゝ某氏に近寄つた局長は,「ヨウ」と快活な聲で呼びかけて,いきなり兩手を差出して某氏の兩肩を抱いた。
話はこれだけである。某氏は涙を流さんばかりに感激して出迎えを勤めた友達に,この對面の状景を報告したそうである。私は泌々と考えた。
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