発行日 1949年9月15日
Published Date 1949/9/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661906526
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忘れられぬ花籠
私が中學生であつた頃の話であるから隨分と昔の話である。私は七人兄第の次男坊であつて賑やかな家庭に育つた。賑やかなのは結構であるが親にしてみれば大變な努力であつたろうと思う。殊に七人もいると定つて誰かゞ病氣をしている。一人が快くなれば又一人というわけで絶えず手が掛つた。これもそうした折の思出なのであるが,ある時弟の一人が寢込んでしまつた。肺炎だつたと思う。從つて相當長延いたのである。親達は十人を越す大家族のところへ長期の病人ではとうてい手が廻らない。そこで一人の看護婦さんが派出看護婦會から廻されてきた。その看護婦さんが恢復期の世話をして下さる。その有樣を中學一年坊主の私が見守る。大變優しい人である。病人に色んな話をしてくれる。殊に余人の及び難い特技があつた。それは今から考えても不思議なんであるが,このナースさんは造花が巧いのである。五色の色紙さえあれば,百合であろうが櫻であろうが,桔梗,鬼薊,タンポヽ,撫子,とにかく如何なる花であろうとも注文すると器用に鋏持つ白い手が動いていると見る間に,望みの花が生きた花の如く出現するのである。なんとも不思議なほどうまい。一體どこで覺えた技術か未だに不思議に思つているが,次から次に造る色紙の花は母が頼まれて渡した藤編みの花籠にいつの間にやら一杯に盛り上つてその美しいこと,匂あふるゝばかりというと嘘であるが,そうした錯覺を起しそうになる程にけんらんと咲き誇つている。
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