発行日 1946年12月15日
Published Date 1946/12/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661906153
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私のつとめてゐる病院の先生は,たいへんな變り者です。いまどき珍らしい醫師なんです。戰爭以來,日本人の殆ど大半の頭が異状になつたと云はれてゐますから,私の先生だけ責めるのはすこし酷かもしれませんが。まづ第一に先生は患者から治療費や診察費を請求するのが臆病なのです。案外,治療の腕はぅまいのに,インフレイシヨンでもまれてゐる患者から金をとるどころか,やつてきた患者になにがしの金を惠んでやると云ふわけです,患者から金をとるより,彼等に金を惠んだ方がずつと氣が樂だと云ふわけです。患者も患者で,醫者のお人好しにつけこむのは手に入つたもので,なるべく不幸そうな姿でやつてまいります。しかしこれでは,經營が立ちゆかぬのはあたりまへ,配給になる藥品代もなかなか拂へぬしまつ。先生苦慮のあげく意を決し,昆蟲相手の病院を開設しました。單純構造の昆蟲の治療は,ごくかんたんで注射器で空氣を注入すれば,すぐ癒るんです。冬のひたまりで騒いでゐるところを蠅打ちで叩かれ,脚がもげたり,首がすこしゆがんだりした蠅がシヨツクで氣を失ひます。
昆蟲病院新説で,まづ新患としてあとからあとがらやつてまいりましたのが,この蠅どもでした。先生は,マーキユロをつけたり,空氣を體内にさしこんだり,なかなかのお手際。蠅たちは,すぐ元氣恢復してしまひます。
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