特集 看護介入技法としての代替・補完療法
瞑想とともに
川出 富貴子
1
1三重県立看護大学
pp.612-616
発行日 2000年7月1日
Published Date 2000/7/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661903503
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はじめに
瞑想は筆者にとって日常の生活時間から離れ,魂のクリーニング・入浴ともいえる時間となっており,生活のリズム,アクセントにもなっている.
高校生のころ尊敬する国語の先生から,坐禅をすると何事にも動じなくなるという話を聞いたことがあった.そのことに強く惹かれはしたが,それは話としてであり自己の行動に移すこともなく長い時間が過ぎていった.しかし,忘れ去ったわけではなく内面深く沈み込んでいたようである.あるとき誰からか瞑想(TM;transcendental meditation)の効用について聞く機会があり,しばらくして瞑想をはじめることになったが,朝夕の瞑想が空気のように生活スタイルの一部となって十数年間経過した.とはいっても生活が不規則であるため,そんなに規則正しく熱心に実施とはいかない状況にある.そんななかでも瞑想することにより,何かが変わったのだろうか.エッセイ風にと,今回のテーマをいただいた機会に考えてみることにする.
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