- 有料閲覧
- 文献概要
- 1ページ目
- 参考文献
はじめに
医療者は,基本的には真面目な人種であると私は思っている.病棟や外来でのカンファレンスはもちろんだが,廊下やナース・センターの片隅での雑談でさえも,気になる患者さんの病状や,ケアの方針などについて,スタッフ同士が非公式に情報や意見を交換することに費やす時間はとても多い.そのような時に,あなたは以下のような経験をしたことはないだろうか.
あなたは,昨日入院した患者さんの状態がとても気になっている.その患者さんは,一見状態は落ち着いているようなのだが,どうも適切な対応がなされていないような気がする.このままだと,患者さんにとっても医療側にとってもまずい事態が起こりそうな気がする.そこで,あなたは,同僚(あるいは先輩,あるいは上司)に,おそるおそるこう話しかけてみる.(〈〉はあなたの発言,「」は,同僚あるいは上司の発言)
〈あのぉ.3号室の○○さんのことなんですけど,なんか気になるんです〉
同僚でもある先輩が,意外そうな顔をして答える.
「えっ.何が? 今朝巡回した時にはバイタルには変わりはなかったわよ.主治医の△△先生も昨日ちゃんと診察して,今朝も検査の指示を出しておられたし,落ち着いているように見えるけど?」
あなたは自信に満ちた先輩の態度に,ちょっとひるむが,思い切ってこう言ってみる.
〈……でも,なにか気になるんです.昨日入院した時よりも,なんとなく今日のほうが元気がなくなっているように見えるし…….我慢強そうな人なので,自分からはあまり訴えませんけど,なんか苦しそうなんです.私は嫌な予感がするんですが……〉
それを横で聞いていた上司が口を挟む.
「ちょっと,あなた.『なんか苦しそう』とか『嫌な予感がする』とか,そんな主観的なことばかり言っていてはだめよ.もう少し客観的なもの,たとえば今日のバイタルとかデータとかは確認したの?」
〈いえ.それは.まだ……〉
「あのね.あなたはまだ新人だけど,医療者のはしくれでしょう.医療者はね,客観的に物事を考えて発言できなければ,プロとは言えないのよ」
あなたは,正直のところ,何だか納得できないのだが,何が納得できないのかよくわからない.そこでこう答える.
〈はい.すみません.もっと客観的に物事を考えるようにします〉
……その1時間後に,患者さんの容態は急変し,病棟中が大騒ぎになった.
Copyright © 2007, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.