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看護のアートの独自性
「でも…….」ヒロコが言いよどむと,モトコは身を乗り出した.
「でも……何?」
「私は,芸術における創造行為と看護における技術とを安易に同一視することは問題じゃないかと思ってるんです.」
「なぜ?」
「働きかける対象が,看護では生きた人間ですが,芸術では作品を構成する物質や時空間ですね.これは大きな違いじゃないでしょうか.だから私は,芸術の創造行為と看護の技術の間に線を引きたいんですよ.」
「わかるわ……だけど,芸術にも,それを鑑賞する人間が必要よね?」
「そうですね.鑑賞する聴衆に向けて働きかけるという意味では,芸術活動も人間に関与してるといえるでしょうね.ただ,そうであっても聴衆はふつう,匿名の人物であって創作活動そのものに直接参加することはありませんし,芸術家の側でも彼らの存在を個々に把握する必要はありませんね.」
「まあ,そうね.」
「ええ.これに対して看護の活動は,一人ひとりの対象者との共同作業であって,看護者には必然的に,“相手の存在を個別として把握する能力”1が要求されますね.」
「『看護のアートにおける表現』2には,刻一刻と変化していく相手の存在を全身で感じとる助産師と妊産婦の姿がたくさん描かれているわね.」
「そうなんです.看護が芸術と似ている,という場合には,看護者が対象者の個別性に働きかけると同時に,対象者が看護者の個別性に働きかけるというダイナミックなプロセスにこそ焦点が合わせられるべきだろうと思います.対象者との間に意味ある関係をかたちづくる看護者の今・この時の行為の中に,看護の技術性は発揮されるのではないかと思うんです.」
「看護の働きは,いわゆる“技術”でも“芸術”でもなく,この2つの概念を含みながらも,いっそう独自性のある活動なのね.ヒロコさんがあえて“アート”という言葉を使う理由は,そういうところにあるわけか.」
ヒロコとモトコはホッと一息つき,コーヒーを飲み干した.
「一気に話したら,小腹がすいちゃいました.」
「ほんとねぇ! ケーキでも食べようか.」
この2人,まだカフェに居続けるらしい.
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