特集 受精革命
優生学史からみた体外受精問題
米本 昌平
1
1三菱化成生命科学研究所・科学史
pp.26-30
発行日 1983年1月25日
Published Date 1983/1/25
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1611206165
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問題の所在
生物医学の研究が進み,新技術の実用化が予想される段階になると,それがナチス優生学につながるのではないか,という懸念がしばしば表明されるようになる。ナチ体験はわれわれが共有する時代精神をかたちづくる重要な核であり,この史上最悪の反ヒューマニズムに対する嫌悪感や警戒心は,それ自体きわめて健全なものである。ただ,これまではこの拒絶反応があまりに強すぎて,ナチスの医療政策や科学政策に冷静な研究のメスを入れることが少なかったため,その実像や,なぜこのような悲劇が進行してしまったのかという点については,必ずしも明らかにされてはいなかった。だから,たとえナチス優生学への危険性が指摘されたとしても,それを指摘した側も生物医学研究に従事する側も,その今日的な意味が明確に把握できないまま,ただ,漠たる不安の中につき放されるばかりであった。
われわれはよく"狂気のナチス時代"という。しかし考えてみると,この場合の"狂気"はわれわれの与えた形容ではあっても,決して狂気がその原因ではない。もしそうだとすると,ナチス時代12年余の長きにわたって,しかもこのときだけ,ほとんどのドイツ人が発狂していたというおよそ不合理な説明をとることになってしまう。
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