巻頭随想
板倉さんの思い出
早川 元二
1
1法政大学
pp.9
発行日 1964年9月1日
Published Date 1964/9/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1611202818
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私には6人のきょうだいがいるが,6人とも,板倉さんという名の助産婦さんのお世話になって,この世の空気にふれたのである.一番年長の兄と,一番下の弟では,20歳も年が離れているので,板倉さんと私の家とは,20数年もの長いおつき合いである.私は次男だから,一応は,私より年下の4人のきょうだいの出生にたち合ったことになるのだが,残念ながら,すぐ下の妹とは年子だったので,その妹の出生のことはまったく記憶にないが,その下の三男坊の出生の時は,私は5歳だったので,はっきりとおぼえている.板倉さんは,赤ちゃんが生まれるなどということとは関係なしに,いつでも私の家に来て,私の母と話し合ったり,私の頭をなでて,「好き嫌いせずに何でも食べていますか」とか,「ストーブのそばにかじりついてばかりいないで,外で遊べ!」とかいい,また,祖母には,「この子は少しおばあちゃん子になっている」などと,注意したりしていた.弟が生まれる頃も,板倉さんは生まれるずっと前から,頻繁にきていたようであった.(これは,おそらく,私の母の妊娠中の健康に対する具体的な切実な助言をするために,あらわれていたのだろう.)私の母は,板倉さんが「今日は……」と玄関で声をかけ,ズカズカと上がってくると,まるで百万人の味方がきたように喜んで,台所からとび出してくるのであった.
弟の出生の時,いつ板倉さんがきたのか私はおぼえていない.たしか,昼頃だったろうか.
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