一般教養講座
TVドラマにみるアメリカ職業人の哲学—"看護婦物語"の問題にふれて
荒瀬 豊
1
1東大新聞研究所
pp.34-36
発行日 1963年7月1日
Published Date 1963/7/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1611202574
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「レジャー(余暇)の時代」と騒がれはじめたのは,もう2,3年もまえのこと.ことしは繊維会社が音頭をとり,デパートや洋酒会社,私鉄,ボート・メーカーなどが大宣伝をくりひろげ,「ヴァカンス(休暇)の時代」だと景気をあおっている.ともすれば労働強化の犠牲にされそうな庶民にとっては,どうにも縁遠い話なのだが,すでにお金持ちの学校では「小学生のハワイ修学旅行」までが話題にのぼっている.競争のはげしい週刊誌や婦人週刊誌のあいだでは,読者を懸賞でパリに招待,などという計画も,大きな活字になっている.一度は外国に旅行してみたいな,という夢は,だれにでもある.が,旅行の制限のない平和の時代とはいっても,よほどの幸運にめぐまれないかぎり,旅費をかせぎだすのは容易なことではない.宣伝ではなしに「ヴァカンス」がほんとに私たちのものになる日まで,堅実にたくわえをつくる以外に私たちにできそうなことはない.
たくわえ,は何もオカネのことだけではない.飛行機にしろ,船にしろ,結局は,人のからだをはこんでくれるにすぎない.からだを外国の土の上においたからといって,それで「旅行」といえるものではない.旅行のほんとうの意味は,まだ経験したことのない土地で,じぶんにとって,あたらしい経験をすることにある.春場所とか夏場所とか,すもうのシーズンが終るごとに,優勝力士をヨーロッパに招待する飛行機会社がある.
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