Sweet Spot 文学に見るリハビリテーション
斎藤茂吉の『つきかげ』—血管性認知症発症前後の状態
高橋 正雄
1
1筑波大学人間系
pp.686
発行日 2023年6月10日
Published Date 2023/6/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1552202861
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斎藤茂吉の次男で精神科医の北杜夫は,『茂吉晩年』(岩波書店)の中で,昭和25年の茂吉の状態を「10月19日に軽い脳出血を起し,左側不全麻痺の状態となった」と記し,また,翌26年の状態については,「老人性痴呆は徐々に進みつつあることは確か」と記している.また,茂吉自身も,昭和25年11月1日に泉幸吉に宛てた手紙で,「10月22日以来は茫々乎としてしまひ自分ながらあきれます」と嘆いていることからも,当時60代の後半だった茂吉は心身ともにかなり衰えの目立つ状態だったと推測されるが,昭和28年に72歳で亡くなる茂吉が,昭和23年から26年までに詠った歌を収めた歌集『つきかげ』(『斎藤茂吉選集第7巻』,岩波書店)には,そうした状態を反映したと思われる歌が数多く見られる.
例えば,「この体古くなりしばかりに靴穿きゆけばつまづくものを」,「よわりたる足をはげまし歩み来てわが友の肩に倚りゐたりけり」などの歌は,下肢の麻痺や筋力の低下のために,つま先が上がりにくく歩行に支障を来している様子を詠ったものであろうし,「おのずから日が長くなり度忘れを幾たびもして夕暮れとなる」,「われ七十歳に真近くなりてよもやまのことを忘れぬこの現より」などは,茂吉なりの記憶障害の自覚を詠った歌であろう.
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