Sweet Spot 文学に見るリハビリテーション
埴谷雄高の『死霊』—引きこもり青年が語る病跡学的歴史観
高橋 正雄
1
1筑波大学
pp.1246
発行日 2019年12月10日
Published Date 2019/12/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1552201830
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昭和22年から23年にかけて発表された埴谷雄高(1909〜1997)の『死霊』(講談社)の第3章は,「この屋根裏部屋へ黒川建吉が移ってきてから,既に数年たった.その部屋のなかは薄暗く,天井は手を延ばせば届くほど低かった」という書き出しで始まるごとく,黒川建吉という元祖・引きこもりのような青年が登場する.
「絶えず閉じこもった性癖」の黒川が,この薄暗い部屋に引っ越して来たのは大学に入学したためだったが,彼は,大学には「出席日数が自分でも数えあげられるほど短期間出て行ったのみで,その後はこの奥まった部屋へすっかり閉じこもってしまった」.しかも黒川は,それ以前の彼とは違って,「あれほど偏愛した書物を殆んど繙くこともなしに,手を腰へ当てて,狭い部屋のなかを絶えず歩き回っている」.彼は,檻の中に閉じ込められたように,「夜中,深い考えに憑かれながら歩きつづけ」,日中は昏々と眠りつづけたため,「彼の夜昼の生活はまったく逆になってしまった」のである.
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