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昨年,15年ぶりにカナダのトロント市を再訪した.2003年に訪れた際,カナダでは,社会福祉教育の新しいガイドラインが示され,そこでは社会正義を教育の柱に置き,反抑圧的ソーシャルワークの実践(anti-oppressive practice;AOP)の必要性が謳われていた.しかし教育や実践現場では,まだこの内容が定着しておらず,理念先行といった状況に思えた.今回いくつかのコミュニティで活動しているNPOを訪問する機会を得て,改めて社会正義の理念や,AOPが実際に現場に根付いている状況を確認することができた.
今回訪問したNPO団体は,精神障害,薬物依存,移民・難民,LGBTQなどのマイノリティを対象とした地域支援団体であった.そこで支援する人たちの口からごく普通に,「ここでは,AOPを活動の中心においている」という言葉が出てきた.実際には,例えば女性ホームレスの支援をしているコミュニティ団体では,その人の現在の問題状況だけをみるのではなく,彼女たちがこれまで置かれてきた歴史的背景(人種問題,DVなど)を理解することと,そこに働きかける実践の必要性が強調されていた.実際には,薬物依存のホームレスの女性たちのために,注射の回し打ちなどでより生命のリスクが高まらないように,あえて清潔な注射キットを配布していた.また,スタッフとして過去に薬物使用を経験した人も採用し,peer(仲間的)サポートも活用していた.支援拠点は街中のごく普通のビルにあるのだが,入口でこういったキットを配布し,食事や服,居場所を提供していた.薬物依存のホームレスが,周りのお店などに来る場合もあるが,同じ地域住民でこの活動に協力している人たちが,どのように彼らに対処するかといった情報提供や教育を住民に実施していた.あくまで当事者の立場に立ち,彼らを深く理解するところから支援をスタートすることが,薬物依存や暴力から,その人を解放するのだという.
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