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リハビリテーションの分野で工学技術を活かしたいとの思いをもちリハビリテーションエンジニアの道に飛び込んだ数十年前,ある筋ジストロフィー症の若者が車椅子のシート横に手作りの棒を常備し,エレベータスイッチ操作や物を拾うなど,巧みに操っていた.聞いてみると,その棒は父親が庭から枝ぶりを切って針金を曲げて先端に取り付け,反対側は握りやすいようにテープを巻いたもの.本人の要求に加えて,父親が愛する子に少しでも役立ててもらいたいとの願いと愛情が注がれていた道具.ここに福祉機器開発の真髄を見出すことができる.本田技研工業(株)の創業者である本田宗一郎は「技術とは人間に奉仕する一つの手段」という言葉を残し,人に喜ばれることこそ本当の技術であるとの想いは,生涯変わらなかった.とある論説は記していた.
30年以上,多くの福祉機器の開発や製品化に携わることができたが,この言葉は心の琴線に触れるものである.臨床は待ったなしの真剣勝負であり,「今困っていることを何とかしてほしい」という切実な気持ちに応えるべく奮闘する.ひとりひとりのニーズに合わせて機器の適合や工夫を行っていくなかで,共通要素は既製化に繋げることができ,そこから生まれた製品は臨床現場で使われていく.まさに喜んで使っていただける機器を提供できたときに,その技術は本物になる.生活が一変して身体に何かの障害が残った時,本人も家族も,今すぐに何とかしなければという気持ちになり,「早く,安く,機能的なものが欲しい」という切実なニーズが生じる.これに答えることは一番難しいのも事実であり,ひとりひとりにオーダメイドで製作しているだけでは,費用や製作期間は追いつかない.いかに臨床現場で培ってきたノウハウを喜んで使ってもらえる機器の既製品化につなげるかが課題となってくる.国内最大級の国際福祉機器展で多くの福祉機器が紹介展示されるなかで,さまざまな機器をどのような方にどのように適合するかの選定も重要な手法の一つ.適合に難しさを感じた時には既製品の改良やフルオーダーメイドの対応へと進む.使えるかどうかの判断は最終的には使用者が行うため,開発者が優れているものだと思っていても使ってもらえないこともある.わかりきったこととはいえ開発者の設計思想と使用者のニーズが合致すれば,これが機器開発の真髄だろう.しかし,これを実践するには使用者の状況や思いを把握している臨床スタッフの協力は不可欠である.
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