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はじめに
われわれヒトは精子と卵子の融合すなわち受精によってこの世に生を受ける.一個の細胞としての生物の誕生である.その後,受精卵は増殖・分化・成長を遂げ,個体として誕生する.この一見輝かしき“生”の連なりのなかに,実は常に細胞の“死”が存在し,それなくしては正常な形態形成および機能の獲得が行い得ないという事実がある.
この発生過程に見られる細胞の死は予定細胞死(programmed cell death)と呼ばれるもので,遺伝子のなかにあらかじめ書き込まれていた死のプログラムが,予定された死の時期を迎えたある種の細胞において発動し,細胞を死へと導くという現象である.すなわち細胞は自らの遺伝子の発現によって粛々と死への道筋をたどるのである.
こういった生体内に共存する細胞死の現象は,生後の発育過程や成熟さらに老化の各段階においても同様に存在する.成熟した組織(細胞の集合体によって形成される)や器官(臓器:種々の組織の組み合わせによって形成される)においては,その恒常性を維持するために,役割を終えた細胞が処理され,新しい細胞に取って代わる,いわゆる細胞の更新(turnover)が行われる.ここで行われる細胞の処理も細胞自身の静かな細胞死への移行によってなされるものであり,細胞の死が細胞の新生と同調し,統合された環境内で行われなければ,組織内の細胞数の数合わせがうまく行かなくなり,異常な増殖組織の形成が起きる.言うなれば,細胞が予め決められたように死んでくれないと,個体としての生命を持続することが難しくなってしまうのである.
これに加えて個体には突発的なあるいは徐々に条件付けられた細胞群の不慮の死(accidental cell death)が時折訪れる.このように,個体は“生”の期間中に,さまざまな状況での細胞の“死”を生理的な必須条件として経験しながら,さらに,細胞の不慮の“死”と戦い,そして個体としての“生”を全うする.
近年,この細胞死の現象が生理的な意義のみならず,病理学的な面からも注目され,死に至る機構の細胞生物学的あるいは分子生物学的な研究が盛んに行われている.
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