Sweet Spot 絵画に見るリハビリテーション
ピーテル ブリューゲルの「十字架を担うキリスト」
明石 素子
1
,
明石 謙
2
1武蔵野美術大学大学院造形研究科
2川崎医科大学リハビリテーション科
pp.677
発行日 1996年7月10日
Published Date 1996/7/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1552108157
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1564年に描かれたこの作品は,キリスト教の伝統的な画題を扱いながらも,作者の生きた時代の民衆,風景で構成されており,時事性に富んだものとなっています.
この絵の面白い点の一つは,絵の中に作者の姿が見られることです.画面の左端に立ち,キリストを見守る白い服を着た男性,これがブリューゲルであると考えられています.なぜブリューゲルはこの絵に自分自身の姿を描き込んだのでしょうか,当時のネーデルラントでは,スペインの支配の下で,カトリック教会によるプロテスタントへの大規模な迫害が嵐のように起こっており,その野蛮な宗教裁判,異端審問は市民に憎まれていました.画面の下方,やや左寄りに,大きな木桶を背負い,後ろを向いて座っている行商人が描かれています.作者はこの人物をとても目立つように描いていますが,このような行商人は,荷物の中に説教書などを隠して各地に運び広める,再洗礼派(プロテスタントの一派)の使者であったということです(図1).これらのことを踏まえて見ると,この絵は当時の宗教裁判を暗喩したものではないかと推察されます.右上の暗雲垂れ込めたキリストの処刑場,ゴルゴダの丘はそのまま当時の宗教裁判の処刑場と重なって見えてきます.ブリューゲルがこの絵の中に自分自身を置いたのは,ネーデルラントの一市民としての,宗教裁判に対するささやかな怒りの表現ではないかと思われるのです.
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