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はじめに
失語症患者を対象に系統的な言語訓練が始められてからすでに約半世紀が過ぎ,さまざまな評価法や訓練法が提唱されてきた.その間,中心的な役割を果たし,失語症治療の発展のために大きな貢献をした人物はHildred Schuell(1907-1970)である.Schuellは,失語症患者の言語行動をさまざまな角度から分析し,その結果に基づき,検査法や訓練法の開発,失語症の分類などを手がけた.検査法としては,Minnesota Test for the Differential Diagnosis of Aphasia(形式1,1948)を考案し,その後改良を重ね1955年(形式6)に集大成した(Jenkinsら,1975).
現在,わが国の失語症のリハビリテーションにおいては,失語症鑑別診断検査(笹沼ら,1978)や標準失語症検査(長谷川ら,1975)など,Schuellの考えに沿った評価法が広く用いられている.また,The Western Aphasia Batteryをもとに,杉下ら(1986)が標準化したWAB失語症検査(日本語版)も利用されるようになっている.これらのテストは,聴覚的理解,口頭表出,読み,書字など各言語モダリティ別に言語機能を包括的に調べる検査である.impairment(機能障害),disability(能力障害),handicap(社会的不利)の障害の3レベルから捉えると,現在使われているこのような検査は,impairmentレベルの検査に該当する(綿森,1990).
しかし,系統的な失語症訓練のデータが集積されてきた結果,狭義の言語機能の回復には限界があること,また,失語症患者では言語の音韻や意味,統語面の障害はあるが,語用論的側面はかなり保たれていることが明らかとなってきた.さらに,高齢社会への移行に伴い,失語症患者も高齢化し,重度の失語症患者が増加するという現実がある.その結果,失語症の評価の面でも,impairmentレベルの評価ばかりでなく,disabilityレベルやhandicapレベルの評価を導入する必要性が生じてきた.
特に1980年代以降,失語症患者に対する評価やアプローチの方法が多様化し始め,現在では次の2つの大きな流れとなっている.一つは,認知心理学の影響を受けた言語機能障害―impairmentレベル―に対する評価法の精緻化,もう一つは,非言語的な伝達手段を含む総合的なコミュニケーション能力の評価を通してのdisabilityレベルやhandicapレベルの評価への注目である.
本稿では,impairmentレベルでの評価法として認知心理学的アプローチに基づく評価法を,disabilityレベルでの評価法として実用コミュニケーション能力検査を取り上げる.また,近年,訓練効果をもたらす変数を明確にするために,単一事例実験計画法が盛んに用いられている.そこで,単一事例実験計画法を解説し,本法を使用した具体例を紹介する.
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