Sweet Spot 文学に見るリハビリテーション
『カラマーゾフの兄弟』のホフラコーワ夫人―援助者の心理
高橋 正雄
1
1東京大学医学部精神衛生・看護学教室
pp.81
発行日 1996年1月10日
Published Date 1996/1/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1552108028
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『カラマーゾフの兄弟』(米川正夫訳,岩波文庫)第2篇第4には,「信仰薄き貴婦人」ホフラコーワ夫人が,ゾシマ長老に悩みを打ち明ける場面があるが,そこでは援助者が周囲の感謝や賞賛を当てにする心理に関する卓越した洞察が示されている.
娘の病気快癒を願って僧院を訪れたホフラコーワ夫人は,ゾシマ長老に次のような告白をする.自分は「ときどき一切のものをなげうって(……)看護婦にでもなろうかと空想するくらい,人類というものを愛し」,「自分の手で傷所を繃帯したり洗ったりして,苦しめる人たちの看護人になれそうな心持」になる.そしてそんな時には「膿だらけの傷口を接吻するほどの意気込みに」なるのだが,今の自分に「一番苦しい,問題中の問題」は,自分に傷口を洗ってもらっている病人が,即座に感謝の言葉をもって酬いないばかりか,その博愛的な行為を認めも尊重もしないで,いろんな気まぐれで,わがままな要求をしたり,上役に告げ口などをしたら,自分の愛が続かないのではないかということである.すなわち,夫人は,「もしわたくしの人類に対する『実行的な』愛を,その場限り冷ましてしまうものが何かあるとすれば,それはつまり恩知らずの行為でございます」「私は猶予なく報酬を,つまり,愛に対する愛を賞讃を要求いたします.それでなくては,どんな人をも愛することが出来ません」と言って,自分は所詮「報酬を当にする労働者」なのではないかという悩みを訴えるのである.
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