Sweet Spot 文学に見るリハビリテーション
『カラマーゾフの兄弟』のフョードル―父親の逆エディプス・コンプレックス
高橋 正雄
1
1筑波大学心身障害学系
pp.388
発行日 2003年4月10日
Published Date 2003/4/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1552100840
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ドストエフスキーが1880年に完成した『カラマーゾフの兄弟』(原卓也訳,新潮文庫)は典型的な父親殺しの物語で,フロイトによれば,息子が父親と母親の関係を嫉妬するエディプス・コンプレックスを象徴する物語ということになる.しかし,仔細に『カラマーゾフの兄弟』を読むならば,そこにはむしろ,父親が息子と恋人の関係を嫉妬するという,フロイトの仮説とは逆の構図が浮かび上がってくる.
カラマーゾフ家の父親フョードルは55歳にして酒浸りの淫蕩な日々を送るなど,精神のたがが緩んでしまったような男である.彼には,長男ドミートリイ,次男イワン,三男アリョーシャという3人の息子がいたが,フョードルは,かつて幼い息子たちの養育を放棄したばかりか,最近はグルーシェニカという女性をめぐって,長男のドミートリイと敵対関係にある.しかもフョードルは,グルーシェニカをめぐる長男との抗争のなかで,「もし俺にあいつの若さと,あの当時の男前がありゃな(中略),そうすりゃあいつと同じように勝利をおさめているんだが」と,息子の若さを羨望するのみならず,「悪党だよ,あいつは.しかし,どのみちグルーシェニカは手に入りっこないんだ,入るもんかい……泥にまみれさせてやる」と,息子に対する敵愾心とライバル意識をむき出しにするのである.
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