Sweet Spot 文学に見るリハビリテーション
『伊豆の踊子』再説―援助者の心理(第1報)
高橋 正雄
1
1東京大学医学部精神衛生・看護学教室
pp.83
発行日 1994年1月10日
Published Date 1994/1/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1552107538
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筆者は以前,本欄で『伊豆の踊子』を精神療法的な観点から論じて,踊子の「いい人ね」という一言が主人公の「私」をいい人にする契機になっていることを指摘したが,本稿では,そもそもこの言葉がなぜあれほど主人公の心に影響を与えたのかを考えてみたい.
まず問題となるのは,「私」が自分自身をどう見ていたかである.そしてこれは,「自分の性質が孤児根性で歪んでいると厳しい反省を重ね」という言葉からも,彼には自分がいい人であるという自信がなく,そうした性格からの脱却を望んでいたと考えるのが最も自然であろう.特に「私」の一高生という立場から察するに,それまでの彼は,自分の性格とか人柄に対する自信のなさを,知的能力で補ってきた人なのではあるまいか.彼が伊豆への旅に一高の帽子を被って来たことにも象徴されるごとく,おそらく彼は,優秀な学生たることで,自分の存在意義を世間にも自分にも誇示してきた人間のように思われる.
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