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福祉思想の貧困な国で自立して生きることの難しさ
小山内美智子
はじめに
障害者と一言に述べても,100人いれば皆異なる障害を持ち,たとえ同じ障害を持っていても人それぞれ異なる.日本の北端,札幌にいて,日本の現状を述べよといわれても荷が重すぎる.私が“いちご会”という会をつくり,障害者運動らしきものを始めてから14年が経つ.とても長いようで短く感じられる.
親達が行っていたコロニー建設運動をきっかけに,障害者自身の声を生かしたいと目覚め,プライバシーの持てる施設づくりを目標に運動し始めたが,もう既にその頃,先進国ヨーロッパやアメリカなどでは,大規模施設を壊そうとする運動が行われていることを知りショックを受けた.よりよい施設をつくり,楽に暮らそうかと思い込んでいた私には,この衝撃は私の人生の選択の道を大きく変えた出来事であった.
コロニーの運動を行い2年が経ち,私達の本当に暮らしたい場所はどこなのだろうと考えるために,1か月間スウェーデンに行った.スウェーデンのことを全部語ろうとすると1冊の本になってしまうので,細かなことは書かないが,何気なく行った公園で,たくましい車椅子の男性と金髪の美しい女性とが抱きあっているシーンを見てショックを受けた.これは夢ではないか?映画の1コマではないか?などと,手が使えたら自分のほっぺたをつねってみたい心境であった.スウェーデンの中にいる私は,もう障害者ではない.普通の人間・女だということを気づかされた.「障害は社会が作る」と日本にいた時よく聞いたが,自然の中で抱きあっている彼らの姿を見て,日本の公園でこんなシーンをしたら人だかりになるだろうな?と思った.もう一つの忘れられない出来事は,10歳くらいの男の子が突然私にソフトクリームをくれたことだ.私は手が使えないの“No Thanks”と言ったが,これまたびっくり.その男の子はソフトクリームを私の口に入れてくれた.私は思わずまたそこでほっぺたをつねりたくなっていた.嬉しさと驚きで,その時のソフトクリームの味は覚えていないが,この子の近所や学校には,きっと私のような人がいるのだろうと思った.食べ終わった時,私の顔はソフトクリームだらけになっていた.すると,その男の子は自分のTシャツで私の顔を拭いてくれた.スウェーデンを視察中に遭遇したそんな何気ない経験から,私の人生は大きく変わってしまった.
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