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はじめに
日本の人口構成図は,周知のごとく,かつてのピラミッド型から,やや逆三角形型に近くなり,老年人口が相対的に増加傾向にある.それは出生率の減少によるものである.小児科患児の減少は医療関係者の関心の寄せるところであり,過日,東京都衛生局学会のシンポジウムの主題ともなった.小児科領域では特殊でかつ重要な位置を占めている脳性麻痺(CP)も当然新患者数は減少傾向が目立っている.しかし,この傾向はいずれプラトーに達するものと思われる.言うまでもなく,CPは完治する例はまずないものと考えてよく,反面,特殊の合併症がない限りは死亡例もまた稀であり,後遺症を荷った既存障害者として本人ならびに家族は生きていく宿命にある.それに対処するためには,本人への適切な教育,そして両親の心構えが重要となるのである.
この点,成人CP者について近年急速に関心が持たれてきたことは喜ばしい次第である.その背景には以下の理由があげられるものと考えられる.日本におけるCPの療育については概ね軌道に乗ったものとして考えたい.疾患の特性上,最善の理想的方法は見い出しがたいとしても,一応のプロセスに沿って個々の症状と能力に相応した成人としての生活へ送り出すことができる体制が整っている.これに対して,高齢CP者に関しては彼らが幼少当時において現在のような行き届いた療育を受けることができにくかった.それには地域差もあったようである.現在に至り,医師のみに限らず,リハビリテーション分野に携わる人々が,新発生CPが減少し,余力ができたこととも関係し,成人CP者に対応する過去の知識と関心の不足を認識し,今後取り組む姿勢がみられるようになってきたものと考える.この傾向は国内外のリハビリテーション医学関係の学会で明確となってきた.
さらに臨床神経学の立場からすると,新しい診断技術と疾患のクライテリアに関する進歩が大きく関与していることを無視できない.例えば,現在はCPの重要な合併症の一つである頸部脊髄症(cervical spondylotic myelopathy; CV)も,今から20年以上前には病態も定義も明確にされていなかった.主として神経放射線診断学の進歩によって,CV,CPの合併症とは限らず,一般人の壮年以降に頻発する症状,もしくは疾患であることがわかってきたのである.さらに言及するならば,一部の患者については精神発達遅滞(MR)などを伴ったCPと診断されて成長してきたが,最近の神経学によって稀有な代謝性,もしくは遺伝性などの神経疾患として病名が再検討される症例も経験されるようになってきた.当然のことながら,従来幾多の論議がなされたであろうところの一つの疾患単位としてのCPの定義が今後は問題となってくるであろう.
すべての疾患に該当することではあるが,CPを周辺とする自然科学としての医学はもちろん,障害者の人権など社会科学の面においても時代は進歩を遂げてきており,そして本邦にあっても現在の成人CP者たちが育った幼少時に比して,福祉面に対して格段の経済的援助ができるようになってきた.また,タイプライターに続いて,ワードプロセッサーから各種の家庭電化製品,車椅子,自家用車,家屋構造などに至るまで,障害者のために便利な工夫がなされ,普及するに至っている.職業分野に至っては必ずしも十分とはいえないが,公的努力が前向きになされていることは確かである.さらに成人CP者の生活には施設がよいか,家庭がよいかという問題がある.しかし,これは若年で両親が健在のうちは親もとでの家庭生活も可能であるとしても,いずれは必然的に困難な事情に至る.一口に成人CP者といっても重症型からアテトーゼを伴わない軽症例もあり,結婚の可否の問題などもある.その他,諸多の課題を有する成人CP者に関して,本特集を企画されたことは当を得たことと考える.既に成人となっているCPをはじめとする障害者のために,そして今後成人となるであろうところの,現在の幼少CP児たちのためにも,筆者のいささかの経験を述べてみたい.
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