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はじめに
左大脳半球損傷による失語症に対するリハビリテーションは,言語治療が中心となる.
失語症の言語治療の中心的技法は,米国のWepman(1951)によって提唱され,Schuellら(1964)によって集大成された「刺激法」である.刺激法は,統制された強力な感覚刺激(特に,聴覚刺激)を反復して与えることにより,患者の言語機能の再編成を促進しようとするものである.この方法は,神経生理学的にも妥当な考えであり,インペアメントとしての失語症の改善に有効であり,従来,多くの臨床家によって受け入れられ,用いられてきた.
最近にいたり,失語症研究の進歩とともに,失語症がより多面的かつ包括的に捉えられるようになってきた.特に,失語症研究における(1)談話分析(discourse analysis)の進展,(2)語用論(linguistic pragmatics)の導入,(3)認知能力の分析結果の蓄積,(4)ジェスチャー等の非言語的コミュニケーション行動についての観察結果の積み重ね,が失語症の言語治療に大きな影響を与えつつある.
失語症の言語治療は,第二次世界大戦後,戦傷によってもたらされた若い患者を対象とすることから開始されたが,その後はCVA後遺症者が主な対象となり,最近は人口の高齢化を反映して,高齢の失語症患者が対象者の中で高い割合を占めるようになって来ている.こうした対象の変化も失語症の言語治療の方法に影響を与える要因となっている.高齢失語症患者は,認知面の障害等言語以外の高次脳機能障害を伴うことが多いといった特徴を有するだけでなく,彼らのリハの目標の重点が生産的な役割へ復帰させることにではなく,いかに意味のある余生を送らせるかに置かれる.こうした対象に関しては,従来の言語治療の方法は必ずしも有効・適切ではないため,異なった視点に立つ治療法が要求される.
加えて,基本的リハを終了したケースに対する,地域を基盤としたリハの必要性が高まりつつあり,この点からも従来の言語治療の方法の見直しが迫られている.
以上の現実を背景に,インペアメントとしての言語機能そのものの改善を目指す従来の治療法に代わって,認知・思考過程や実際の生活体験に対する働きかけを通じた総合的なコミュニケーション能力の改善を目指すアプローチが注目を集めるようになってきた.言語行動を支える認知・思考能力や実際の日常生活体験に対する働きかけを通して,言語の運用そのものを促進し,社会適応を改善することをねらいとする方法である.「構成された治療法」から,言語の形式よりも,その内容や,言語が使用される文脈等,伝達機能を重視する,より柔軟で実践的な治療法が提唱されるようになって来たともいえよう.Schlanger & Schlanger(1970),Wepman(1972,1976),Chester & Egolf(1974),Holland(1977)らが,そうした考えの提唱者である.
本稿では,こうした考えに沿って,米国のDavisとWilcox(1985)によって開発された「失語症患者のためのコミュニケーション能力促進法(Promoting Aphasics' Communicative Effectiveness,略称PACE)をとりあげる.
以下にPACEの基本的な考え方を紹介するとともに,実際の症例への適応の具体例を述べる.
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