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はじめに
精神遅滞とは,同じ年齢の標準に比して知的発達がおくれ,生活上の適応に困難を生じた状態と記されている.知能にはいろいろな要素が関与するので,代表的な知能または発達テストにおいては,運動機能,状況の理解,模倣,興味,対人関係,言語の理解,言語表現,情緒など,いくつかのテスト項目を設定し,標準の通過率と比較して知的発達の程度を判定する.
その子の歴年齢に対する発達年齢または知能年齢の比で発達指数,または知能指数を求め,その程度を参考にして,境界,軽度,中度,重度,最重度などの重症度分類が行われる.しかし,発達年齢は成長とともに変化し,また,知能指数や発達指数は,テスト時の条件により左右されることも多いので,時期と状況をかえて何回かテストし補正を行う.
もし,環境の調整によって比較的短期間のうちに知能指数が正常化するようであれば,本来の精神遅滞ではなく,見かけ上の仮性精神遅滞ということもある.
以上のようなステップが,従来行われてきた精神遅滞についての一般的な評価方法である.
精神薄弱mental deficiencyといわれてきたのは,人間の脳の働きは,神経細胞が再生せず機能も一度障害を受けると回復がきわめて難しいことが経験的に知られていて,少なくとも医学の領域からは,知能そのものの改善には悲観的であったからであろう.医療が果たしうる役割りは,日常的な健康管理と合併する異常,たとえばけいれんや行動異常の対策が主体であった.したがって,むしろ,精神薄弱のもとになる脳障害をきたす原因や脳障害の機序について興味がもたれ,予防や早期治療を目的とする研究が近年急速に進んだといえる.これらの領域は,それぞれ生化学,脳病理,染色体分析などの細胞遺伝学の専門に分化しているので,日常的に精神遅滞児を取り扱う評価と療育を主体とする医師よりも,むしろ,生物学的なアプローチを得意とする基礎学者や臨床家が発展させたきたといえる.
かくして,早期発見,早期治療,遺伝相談,さらにはリスクの出生前診断,出生前治療という方向に多くの精力が向けられてきた.これは近年におけるもっとも目ざましい発展であり,精神遅滞児の減少や障害の悪化の防止に大きな貢献をなした.
しかし,そのような進歩にかかわらず精神遅滞を示す子供が多数生れ,育ち,よりよい対策を必要とすることには変りがない.近年療育の実践やよい環境によって発達が促され,知能指数の向上がかなりの程度まで期待できる事例も多く経験されるようになった.さらに,精神遅滞の定義におけるもう一つの側面,すなわち,日常生活の適応性という面についてみると,最初の知能指数の程度とは必ずしも並行せず,むしろ,その子供の成長にともなって発現する性格や行動特徴の面が非常に重要であるという認識も一般化してきて,個別的対応が一層重みを増してきている.往時は短命とされてものが乳児死亡の激減にともなって成人になる機会が増し,精神遅滞の発生率の減少と一般人口中における有病率の増加がバランスをとるという状況がこれから当分の間続くと予想される.社会や医療状況の変化による少産少死という全国的なパターンは精神遅滞においても同様であり,集団的,福祉的対応とともに精神遅滞児1人1人に対してどう対応するのがもっともよいのかという個別的対策が一層重視されるようになるであろう.このような現状を念頭において,精神遅滞の臨床医学的側面を中心に統計と近年の趨勢を記してみたい.
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