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はじめに
すべての動物が生きている陰には意志に左右されない神経系統によって完全に制御されている.高等動物になるに従い,感覚・運動器官の発達が伴って動物としての行動が具現化されていく.
その極点にあるヒトではあたかも自分の意志で手足を自由に操作できると思われる程に錐体路を中心とした随意運動神経系の発達をみているが,この運動ですら,体温調節,血液循環調節などに見られるように自律神経系の陰のサポートがあって初めて成り立っている.
脊髄が損傷を受けると損傷レベルより末梢の脊髄神経全体は中枢と隔離されてしまい,中枢への情報の伝達も,中枢からの制御も受けなくなる(isolated spinal segment).この遊離された部位の脊髄神経によって支配を受けていた器官,組織は一見,壊滅的打撃を受けるようになる.すなわち,運動神経支配筋は廃用性萎縮に陥り,感覚神経麻痺に起因した様々な障害(disability:褥創を作り易いとか,外傷への対応が困難など)がみられるのみならず,膀胱直腸障害を主とする自律神経機能異常はその個体の生命を直接的に脅かす原因となる.
これらの障害はたとえ軽度であっても,動物としての全体的機能が果たし得なくなり,死滅するに至る.自然界では脊髄損傷動物の存在は長期的にあり得ない.
ヒトの脊髄損傷の場合でも,つい20~30年前までは生命予後は極めて悪く,完全頸髄損傷の長期生存例はほとんどみなかったと考えられる程に生命に直結する合併症が多い疾患である.この主原因には①膀胱直腸障害による尿路機能荒廃→尿毒症の関連,②皮膚感覚喪失・局所活性(修復力)の低下などによって生じる褥創の増悪→血漿蛋白低下,感染防御能力低下(敗血症)の関連が考えられ,③上位脊髄損傷にみられる呼吸機能の障害では,上気道感染,気道閉塞などである.
しかし,ADL上では血管運動神経の麻痺によって,容易に起立性低血圧→失神や自律神経経過緊張反射による著明な高血圧「発作」などがあり,これらは脊損者自身を狼狽させる.
体温調節中枢の制御を受けない部位が大きいと,夏季のうつ熱や寒冷時の産熱障害などのdisabilityとなる.これらは上述3項目程に直接的に生命を脅かすまでに至らないとはいえ,また,予知予防することができる面があるとはいえ,脊髄損傷者に重くのしかかっている自律神経異常であり,終生続くdisabilityである.
しかし,自律神経が中枢から遊離されたら文字通りに自律神経自身でその支配器官を制御し出すようになる.それがいかに不完全で,勝手に働き出す要素があるとはいえ,生き物は本質的には自律神経に依存している.脊髄損傷になっても食事をしたら胃腸は食物を消化吸収し,排泄するという能力を有している.しかし,脊髄損傷ではその損傷レベルが高位になるに従って,homeostasis機能が損われている.自律神経の各種の機能の連携プレーがうまくゆかないために,過度な反射反応を見たり,逆に反応の誘発が生じなかったりする.
この自律神経支配の不安定さを十分理解することで,脊髄損傷者の有する様々なdisabilityに対応(予見,予防対策)できると思われる.その他に,動かなかったことに起因する2次性の廃用症候群にみられる様々のdisabilityが生じてくる.これらの点は脊髄損傷者を管理する立場の人々だけでなしに,損傷者自身も理解を深めておかねばならず,これにより,障害者の社会活動がより安定したものとなろう.
脊髄損傷の急性期(spinal shock期)と慢性期では種種の様相が一変するので,ここでは慢性期脊髄損傷者の自律神経障害の主なものについて概説と予防対策への関連について略記する.
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