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はじめに
人間の運動発達のプロセスとそのメカニズムの研究は,リハビリテーション医学の基礎的な研究領域の中でも,もっとも重要なものの一つである.それはリハビリテーション医学の対象が,ほとんどの場合運動の障害を中心として発生した問題であり,その本態と回復のメカニズムを知ることが有効なリハビリテーション活動のための不可欠の前提であるからに他ならない.これは脳性麻痺,精神発達遅滞などの小児の運動発達障害の診断と治療についてはもちろんであるが,それだけでなく,成人の運動障害を理解するためにも根本的な重要さを持っている.それは成人の運動障害は,多くの場合,単なる二,三の要素的な機能の脱落ではなく,運動の統合水準の全体的な低下,すなわちより低い発達段階への退行として理解されねばならず,その診断と治療の上でも発達的なアプローチが不可欠となるからである.
運動発達に関する研究は長い歴史をもち,また最近は非常に活発な研究がこの領域で行われている.しかしそれは多くの場合,小児科学または小児神経学の枠内で行われており,二,三の例外を除けばリハビリテーション医学の立場から行われたものではない.また新しい学問である人間発達学(身体,心理,社会性のすべてにわたった人間の全面的な発達を研究する)の立場とも完全には一致しない場合も多い.この講座ではできればそのような面を補い,従来の種々の研究の成果を,リハビリテーション医学と人間発達の見地から再整埋し(もちろんこの2者の立場も厳密には全く同一ではないが,共通する面が多い),新しい運動発達学の構築のための基本的な枠組を呈示することを試みたいのであるが,筆者たちの非力のために不十分なものに終らざるを得ないであろうことをあらかじめお詑びしておきたい.
問題があまりに大きすぎるので,この講座で扱う範囲は主として正常運動発達とし,また英文標題にも示したようにmotor behavior(運動行動〉,すなわち個々の筋または関節の動きとしての運動(movement)ではなく,ある意味とまとまりをもった動作(motion)または行為(action)の発達を中心とすることにした.したがってまた運動発達の神経生理的な側面,すなわちどのような反射系または支配系の発達によってそのような動作・行為が可能になるのかについてもほとんど触れることができない(実際上そこまで到達しえた研究はほとんどなく,今後の課題として残されているといってよい).
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