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Ⅰ.はじめに―研究の目的
リハビリテーションの実際において障害の正確な評価が重要であることは論をまたない.評価法の要件としては,1)障害の本態の正しい理解に立脚し,2)評価者の主観の入る余地が少なく再現性の高いもので,3)障害の変化の過程を正しく反映し,かつ,4)正確さを損わない範囲でできる限り細かい変化をとらえることができる,などの特性,すなわち妥当性(validity)と信頼性(reliability)と判別性(sensitivity)において十分高いものが必要とされる.
成人片麻痺の評価法としては種々のものがあるが1),現在もっとも普及しているものはBrunnstromのテスト2,3)であり,上記の基準にかなりの程度に適合する優れた評価法である.片麻痺は中枢性の麻痺であり,末梢性の麻痺とは全くその本態を異にするものであること,末梢性の麻痺の評価に適している徒手筋力テスト法が中枢性麻痺の評価には妥当性を持たないこと,等については他に詳しく論じた4).Brunnstromのテストは中枢性麻痺としての片麻痺の本態の正しい把握の上に立脚し,現時点においてもっとも優れた片麻痺のテストであり,その6段階のステージ表示はすでにわが国のリハビリテーション界の共通語となったといっても過言ではない.
しかしこのBrunnstromテストについても問題点がないわけではなく,先に述べた評価法の要件に照らした場合次のような諸点が問題となる.
①Brunnstromテストを分析すると,上下肢のそれぞれにつき10数個のテスト項目(サブテスト)から成ることになるが,個々のサブテストの可,不可の基準が従来必ずしも明確ではなく,各々のテスト者の判断に委ねることが多かった(たとえばステージVのサブテスト「肘伸展での肩外転」について,肘が少しでも屈曲していれば不可となるか,肩外転が90°できず80°程度にとどまる場合に可とするか不可とするか,など).
②各サブテストの成績を総合的に判定してステージⅠからVIまでの6段階(間隔をとれば5段階)に分類するわけであるが,その総合判定の基準が明確でなく,テスト者によって一定していない(たとえばステージⅣ,Vを決定するためのサブテストは各3個あるが,そのうち1個ができればそのステージとしてよいのかどうか,またステージIVのサブテストが2個しかできないのにステージVのサブテストが1個できたような場合にステージVとしてよいのか,など).
③ステージⅥの規定である「運動の協調ほぼ正常」(上肢)を具体的には何で判定するのか(Brunnstromテストにはスピードテストが含まれているが,それとステージとの関係は明確でなく,参考的なものにとどまっていた).
④上肢のテストは多数例についての検討の結果としてかなり帰納的に作られたとみられ6),改訂もなされている2,3)のに対し,下肢については説明も簡単で十分な検討があったようにみえない.さらに重要なことには,下肢のステージ分けの原理が上肢とは異なっており,ステージVIは協調性による規定ではなく,ステージIV.Vのサブテスト数も各2個と上肢より少ない.すなわち,上肢と下肢のテストの間に一貫性がない.
⑤上記②,④の点とも関連するが,サブテストの難易順に疑問がある.たとえば上肢ステージⅣのサブテストのうち「肘屈曲位前腕回内外」は回内動作が特に難しく,ステージVのサブテストである「肘伸展位肩外転」の方がしばしばより容易におこなわれる.その点でサブテストの難易度について基本的な再検討が必要である(下肢については一層そうである).
⑥回復が長期にわたり,そのテンポがゆるやかである片麻痺を僅か5段階(幅にして)で評価するのでは臨床上不便であり,かつ実際には10数個のサブテストを検査しているので,より細かい規定が可能なのではないか.たとえば,ステージⅢは範囲が非常に広く,同じⅢといってもその初期(肘のわずかな屈曲が可能な程度)と完成期(屈筋,伸筋の両共同運動パターンが共に十分に可能)とでは機能上もきわめて大きな差があり,ADLの能力にも大きな差を生ずる.また実際に,ある患者がステージⅢに入ってからその完成期に到達するまではかなりの時間を要するのが通例である.ステージⅣ,Vについても同様のことが言いうる.
この点,実際の場では便宜的に「ステージⅢの初期」,「ステージⅣの中期」などの表現が行われており,結果的にほぼ10数段階に及ぶ細分化された評価が行われている.これは徒手筋力テストにおける2-,3+などの+,-の付加記号による細分化と似ており,ある程度必要に追られての自然発生的なものである.しかし,筋力テストについては+,-の意味をかなり厳密に規定しうる7)のにくらべ,Brunnstromテストの場合は,それらの細分化の基準が明確でないため,それでなくても不明確なステージ分けにさらにあいまいさを持ち込む結果になっている.
いうまでもなく以上の諸点はBrunnstromのテストに本質的な欠陥があることを意味するものではない.ただたとえばDanielsらの徒手筋力テスト法が,各々の筋についてきわめて詳細にテスト肢位,テスト手技,判定基準を定めているのにくらべればBrunnstromテストには実施上の詳細な規定が欠けていたことは否定できず,それが上記のような問題を惹き起したと考えられる.
先にわれわれ(上田,福屋)は上述の問題点の③,④,⑤に関連して,多数例について下肢の種々の動作の難易度をしらべ,それに基づいてBrunnstromの上肢のテストと同じ原理に立った下肢のテストを提案した8,9)が,さらに一層根本的な再検討が必要と思われる.
以上のような考えに立ち,多数施設の共同研究により,Brunnstrom法の原理に基づく片麻痺機能テストの標準化に関する研究を1971年から1975年にかけて実施した.この研究ではまず各サブテストの規定,ステージおよびさらにそれを細分化したグレード(grade)の規定を行い,ついで多数例についてその規定の下でテストを実施して,その成績に立って各サブテストおよびテスト全体の信頼性と妥当性を検討した.その結果,片麻痺機能テストの標準化として,ほぼ満足すべき結果が得られたのでここに報告する.なお本研究は別に報告した「脳卒中後遺症に対するCDP-cholineの多施設二重盲検法による薬効評価」の研究の10)一環として行われたものであり,またこのような臨床テストの標準化の方法的吟味および本標準化研究の解析的側面の詳細については別に発表した11).
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