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脊髄損傷者のリハビリテーションはリハビリテーション医学がおさめた最も輝やかしい成果として常に引き合いに出される.「第一次世界大戦で脊髄損傷を受けた米軍兵士のうち20年後に生存しているのはわずかに1人であったのにくらべ,第二次世界大戦における脊損兵士の2,000人以上が生存し,その80%は歩行可能で80%が就職するか職業訓練についている(Munro)」と言う実例を聞かれた人は少なくないであろう.
私がStoke MandevilleにGuttmannを,ScheffieldにHardyを訪れ,それぞれ1週間滞在し,イギリスにおける脊損の初期から社会復帰までの体系を学んだのは1956年の事であったが,両センターともにまことに強い印象を受けた事を思い出す.私の脳裡には化膿した褥創,尿路感染と全身衰弱に死を待つばかりの脊損患者があまりにも多かったのである.骨折した脊柱を動かすことは危険とする常識論からする厳重なギプスベッドでの仰臥位とそのための褥創発生には全く手を焼き,腸骨翼にキルシュナー鋼線を通して骨盤を吊り挙げるような苦肉の策さえ取られたほどであったが,イギリスのセンターでは24ないし48時間以内の脊損専門センターへの入院,脊髄ショック期の処置の重要性の強調,ことに2時間おきの体位変換,脊髄への損傷は外傷時に決定されるものでその後増悪する可能性も改善出来る可能性も大きいものではなく,喪った機能に未練を残すよりは残った機能の最大鍛練と活用を目指すべきとし,尿路感染,褥創発生,関節拘縮を絶対に避け,胸腰髄損傷では残された唯一の頸髄支配の下肢骨盤帯支配筋である広背筋による骨盤ふり出しの練習,スポーツ,日常生活動作への早期訓練開始等を強力に実施し,社会保障により支給される対麻痺患者用自動車に乗って新たな坐業職種に向って受傷数カ月以内に退院して行く脊損患者の姿は当時の私にとってはまことに驚異そのものであった.あれからすでに20年近い歳月が経っている.この間にわが国にも脊損患者のリハビリテーションには大きな進歩があり,過去の悲惨な脊損患者の経過はすでに昔話しにすぎなくなるまでに向上が見られたのは事実であり,生命的予後に関しては常識の変更するほど改善したことも明らかである.しかもなお率直に言ってわが国の脊損患者が20年前のStoke Mandevilleにおける脊損患者に匹敵し得るほど間然するところのないリハビリテーションの道を歩んでいるかはきわめて疑わしいのである.今日なお褥創の発生は高率であり,程度は軽いにせよ尿路感染は少ないと言えず,脊損患者を多く扱う専門病院は患者のプールとなっている傾向があり,社会の側にも脊損者の社会復帰意欲をかきたてるような受け入れ態勢が十分でないと言わざるを得ない.さらに頸髄損傷四肢麻痺患者の増加は極めて深刻な問題を作りつつある.
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