Sweet Spot 文学に見るリハビリテーション
カロッサの『美しい惑いの年』―19世紀末ミュンヘンにおける病と創造
高橋 正雄
1
1筑波大学人間系
pp.294
発行日 2012年3月10日
Published Date 2012/3/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1552102418
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1941年,カロッサ(1878~1956)が63歳の時に発表した『美しい惑いの年』(相良憲一・濱中春共訳,臨川書店)は,1897年にカロッサがミュンヘンの大学で医学を学びはじめたころを描いた自伝的な小説である.そのなかには,当時の医学部の状況のみならず,医学生のころから文学的な志向の強かったカロッサの芸術家との交流が記されていて,19世紀末のミュンヘンにおける学生や知識階層の様子を垣間みることができるが,とりわけ興味深いのは,当時の若者の間では病と創造の関係が当然視されていたことを伝えるエピソードである.
カロッサ自身を思わせる主人公が,友人のピアノ・コンサートに招待された時のことである.主人公は,「鋭敏な表情と暗鬱な目つきをした男たちはすべて天才ではないか」という気がしていたのだが,そこにいる若者たちの心のなかでも名づけようのない新しいものが湧き立っていた.「だれもが自分と他人から非凡なものを期待していた」のである.平凡なものは疑わしく思われ,皆宗教から離れて魔術に逃避していた.彼らは,感覚の不透明なまどわしの網を突き破ることに憧れていたが,それは正常な道を歩んでいては不可能なので,「病気の礼賛」が起こった.「まるで病気が才能と偉大さへの入り口であるかのようだった」.
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