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はじめに
閉じこめ症候群(locked-in syndrome;LIS)は,Dumas Aの小説「モンテ・クリスト伯」1)に登場するノワルティエ老人,あるいは44歳のフランス人編集者Baubyの自伝“The Diving Bell and the Butterfly”2)で示されるように,損傷されていない心が自分自身の身体のなかに閉じこめられ,動くことも話すこともできない状態である.
LISの多くは脳底動脈領域の梗塞を原因とするが,脳外傷なども原因になる.典型的なLIS患者では,残された随意運動は眼球の上下と眼瞼の挙上のみである.四肢・体幹・顔面だけでなく,構音や嚥下に必要な筋も麻痺する.舌や口唇の筋力および可動域は低下し,咬合と吸啜には病的反射を示すことがある.声帯の麻痺はないにもかかわらず発声に必要な呼気の制御が困難なため,実用的な発語ができない.症状には不随意の笑いや泣きも含まれ,感情の動きに呼応して強調される.視覚系障害として複視,視野狭窄,調節障害などを合併することがある.
多くの場合,記憶や言語能力に関連する知能・認知・情緒機能は保たれている.したがって,置かれている状況や周囲の環境を認知している.しかし,自分の意思を表現する手段が失われている.
PlumとPosner3)が,LISの定義を示したのは1966年のことである.以後かなりの時間が経過しているが,これらの患者が機器を利用して意思を表現できるようになったのはパーソナル・コンピュータ(以下,PC)が普及した最近のことである.LIS患者にとって自分の意思を表現できるようになることはきわめて重要で,PC技術を利用したaugmentative and alternative communication(AAC)技術の普及と実用化が大きな意味をもっている.
筆者らは,発症から27年が経過したLIS患者M氏を継続して診療する機会を得た.M氏は,重度の運動およびコミュニケーション障害をもちながら,情報機器を使いこなし,自立生活を継続している.今後LIS患者に遭遇し,治療を行う機会があると思われるリハビリテーション専門家がLIS患者の治療方針を決める際の一助になることに期待し,M氏の経過と現状を報告する.前編ではコミュニケーション障害について,後編では流涎の治療と自立生活について記す.
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