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はじめに
リハビリテーションでは障害者自身の社会復帰への動機づけが基本であり,障害認識あるいは受容の心理過程は重要な課題である.疾病や外傷により生活活動を困難にする障害を生じることは多大なストレスをもたらし,不安と困惑を伴い,日常的な出来事に対する応答も不安定になりやすく,抑うつ状態を呈する頻度も通常の人より大である可能性がある.ストレスはさまざまな身体症状を引き起こしうることが知られているが,近年は精神疾患の発症にも関与することが改めて注目されるようになった.その代表が心的外傷後ストレス障害(posttraumatic stress disorder;PTSD)である.
ストレスによる身体反応は交感神経と,視床下部―下垂体―副腎皮質系の機能が中心的役割を果たすと考えられている.さらに,これらの反応は大脳辺縁系を介して制御され,なかでも海馬の役割が注目されている.
生物学的精神医学の展開の過程で心的外傷の定義にも大きな変遷がみられた.従来,外傷的出来事は「通常では体験しないような破局的出来事」と定義されるのが一般的であったが,1994年に改定出版されたDSM-Ⅳ1)ではPTSDの診断基準として「自身や他者の身体統合を脅かす出来事(例:死,重度損傷)を体験,目撃,あるいは直面すること」へと範囲が拡大された.そこでは,外傷に対して「本人の反応が,強い恐怖,無力感または戦慄に関するものである」という条件が加えられ,「家族あるいは親しい友人の突然の予期しない死を知ること」なども原因に含められるようになった.
すなわち,DSM-Ⅳにおいては,ある体験が心的外傷となるか否かについては,その出来事に対する主観的な感じ方が関与しており,そこに大きな個体差があるという考え方がとられている.つまり周りから見るとどんな些細な出来事でも,ある人にとっては心的外傷を引き起こす可能性があるということになる2).その結果,日常的出来事であるので診断対象から外れていた交通事故や身体疾患に罹病することにも関心が向けられ,特に重度外傷を伴う交通事故だけでなく,悪性腫瘍(がん)などによっても心的外傷が起こりえるということが研究課題となっている.さらに,心的外傷の概念は拡大されているようでもある.
このように拡大されているとはいえ,PTSDの操作的定義に照らして,直接的にリハビリテーションの手技そのものが心的外傷体験となってPTSDを発症させることは考えにくい.しかし,PTSDがリハビリテーションの過程で多大な影響を与えている例は稀ではないと考えられる.このシリーズでPTSDを取り上げる端緒として,リハビリテーションの臨床場面で接する障害を抱えた人への援助技術の向上に役立つよう,間接的な影響につき検討し,対応について考えてみたい.
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