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はじめに
心的外傷(トラウマ)に関する研究は,すでに1世紀以上にわたって,時代による盛衰,熱心な探求と忘却が繰り返されてきた.主なピークは,1880年から1900年までのパリを中心としたヒステリー研究と,第一次と第二次世界大戦後の戦争神経症への注目と関心であるが,その間にも各種の災害による後遺症の問題が精神医学的に取り沙汰されてきた.
それぞれの時代には,それぞれの時代精神や事件の影響をみることができる.19世紀後半の,近代戦争の原型とも言える南北戦争,鉄道の普及と事故の増加,産業現場での労働災害の増加,医学における科学精神の称揚は,心的外傷に続く精神神経症状の認知とそれに対する科学的説明(器質因性か心因性か)を要求した.一方,各国で災害補償制度が整え始められるととともに,症状の訴えが増加した事態は,病態そのものが真の病気であるのか,逃避や利得を求めての偽りの病気であるのかといった議論を生み出した.そして1970年代に入ってからの,ベトナム戦争帰還兵の社会的不適応と,フェミニズムの台頭により社会的認知が進んだ性暴力や虐待被害者の精神的後遺症の問題は,被害者のニーズに対して社会が果たすべき援助の責任を明らかにしたのである.
外傷後ストレス障害(Post-Traumatic Stress Disorder;PTSD)は,1980年,米国精神医学会による診断統計マニュアル第3版(DSM-Ⅲ)において,初めて疾患単位として範疇化された.PTSDは,欧米の精神医学疾患分類のなかでは確固とした地位を築いているが,近年わが国においても急速にその理解が進んでいる病態である.
PTSD概念は,社会的ないし政治的観点からすれば,精神保健領域においてもややもすると偏見や誤解の対象となり,あるいは無視されてきた被害者の権利とニーズの認知を広げるのに大きな役割を果たしてきた.また研究の観点からすれば,それまではさまざまに呼称されてきた心的外傷を原因とする精神症候群に対して,一定の観測上のフレームワークを提供することが可能となった.しかしそれにとどまらずPTSD概念は,心的外傷への適応と不適応の過程に関する生物―心理―社会的モデルを提供している.近年の,ことに生物学的研究が示したことは,PTSDは「通常のストレス反応」では事実上ないかもしれず,むしろ多彩な種類の刺激に対して個体の過剰反応性をもたらすような,生物学的システムとしての感化の過程であるのかもしれないとされている1).近年の生物学的研究の進展は,PTSDが単なる自覚的訴えとしての心理学的症状群や,社会的文脈から要請された診断概念ではなく,精神医学的に客観的妥当性をもつ疾患単位であることを示しつつある.
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