Sweet Spot 文学に見るリハビリテーション
ソール・ベローの『この日をつかめ』―不適応者の人間愛
高橋 正雄
1
1筑波大学心身障害学系
pp.90
発行日 2006年1月10日
Published Date 2006/1/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1552100034
- 有料閲覧
- 文献概要
ソール・ベローが1956年に発表した『この日をつかめ』(大浦暁生訳,新潮文庫)には,人生に絶望しかけたウィルヘルムという中年男が,同じような欠点を共有する仲間という認識から,普遍的な人間愛に目覚める場面がある.ウィルヘルムは,ニューヨークでも有名な医師の息子であるが,さまざまな人生の挫折を重ねて失業中の彼は,現在は妻子と別居していて,唯一経済的な援助を当てにしていた父親からも見放されていたのである.
そんな絶望的な状況にあるウィルヘルムに対して,心理学者のタムキンは「この国の7パーセントの人間はアルコールで自殺行為を行なっている.おそらく別の3パーセントが麻薬で同じ行為をしている.また別の60パーセントが倦怠のあまり影をしだいに薄くして死んでゆく.あと20パーセントは悪魔に魂を売ってしまった人たちだ.そこで,ほんの何パーセントかの人びとだけが生きることを望んでいることになる」という説を述べる.そのうえでタムキン博士は「これこそ今日の世界全体の中でただ一つの重要問題なのだ.この世には生きることを望む者と望まない者,この二種類の人間しかいない.生きることを望んでいる者もいくらかはいるが,大多数の者は望んでいない」と主張するのである.
Copyright © 2006, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.