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はじめに
近年の医療やケア技術の進歩により,慢性進行性疾患の代表であり難病と称されるものの多い遺伝性神経筋疾患においても,従来医療機関のなかで処遇されてきた患者が在宅療養に移行したり,あるいは分子生物学的手法を用いた臨床研究により一部疾病に治療の光がみえるなど,重要な変化のきざしがある.また患者の側からも,友の会組織の発展や迅速・的確な情報技術革新の恩恵により,多くの知識や社会資源の援助を得て,より活発な,生きがいのある地域生活を求める機運がある.
Duchenne型筋ジストロフィー症(DMD)は,いわばこの遺伝性神経筋疾患の一つの典型であり,リハビリテーション場面でのかかわりも決して少なくない.平均寿命が過去20年間で10年以上延びて今や27歳前後となり,さらに呼吸管理などの技術的進歩を背景にして生命維持のみならずQOL(quality of life)も著しく改善しつつある.また2004年初頭,世界に先駆けてDMD患児への遺伝子治療によりジストロフィン蛋白の形成を誘導する試みが,本邦で初めて成功したと報じられたことも記憶に新しい.
そのようななかで,2004年6月18日に日本産科婦人科学会「着床前診断に関する審査小委員会」が,慶應義塾大学から申請されたDMDに対する着床前診断の実施を答申した.同学会倫理委員会での審議と二度の公開倫理委員会を経て,同年7月23日の日本産科婦人科学会臨時理事会において「答申の通り申請された症例に対する着床前診断の実施を認可する」との結論が付帯事項つきで承認された,1).
DMDに対する,恐らくは時代の要請に伴う避けられないであろう一つの議決が,永年の患者・家族・医療関係者ら先達の地道な努力の積み上げを一気に覆すがごとき事態に短絡しないように,遺伝性神経筋疾患診療にかかわる者として,遺伝子診断にまつわる生命・医療倫理的課題を認知しておく必要があるのではないかと考えた.そこで,一人のリハビリテーション科専門医としての立場から私見を述べたい.
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