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はじめに
歩行において必ず左右の重心移動を伴うことは周知である.力学的にみると,それを達成するには立脚側から反対側へ重心を「押し返す」という力が不可欠である.歩行中は,「立脚側へ重心移動→足底から重心を遊脚側へ押し返す→反対側の立脚」ということを絶えず繰り返し,重心移動を行っている.このとき押し返す力になっているのが,身体が足底面を通じて床に及ぼす力に対する反作用,つまり床反力である.
健常者は,足底面を通じて身体から床面へ自由に力を伝え,その反作用である床反力により,立脚側から遊脚側へ重心をスムーズに押し返すことが両側共に可能である.
一方,片麻痺者の場合,麻痺肢の筋力が低下しており,自由にコントロールすることも難しいため,麻痺側の足底面を通じて床面へ力を伝えることが難しくなっている.そのため,その反作用である床反力が得られにくく,麻痺側に移った重心を非麻痺側に戻すこと,つまり「麻痺側から押し返す」ことをスムーズにできなくなっている.そのことが,左右への重心移動を困難にし,結果として歩行能力の低下につながっていることが多い.
逆に言えば,片麻痺者の歩行能力改善のポイントの1つは「麻痺側の足底面から,重心を非麻痺側に押し返す」ことであると考えられる.実際に臨床では,そのような感覚を患者自身がつかめたときには,安定性やリズム・麻痺側のトゥクリアランスなどに改善がみられることを多く経験する.では実際に,片麻痺者が「麻痺側から押し返す」という感覚をつかむには,どのようにしたらよいだろうか.
「麻痺側から押し返す」ために前提となる条件は,「麻痺側の足部に荷重している」ということであり,当然ながら荷重していない状態から押し返すことは困難である.したがって,最初に得たいのは「麻痺側に荷重している(=麻痺側足底から床反力を受けている)」感覚である.問題は,力の弱い麻痺側に対しどう荷重するのか,ということである.ここで提案したいのは,「わずかな麻痺側の筋力で,足部には多く荷重している」という状態である.このことを関節モーメントという視点から説明していくのが本稿の主旨である.本稿では,「麻痺側から押し返す」ということを前額面上で考え,その制御にとりわけ重要な股関節について考えていきたい.
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