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1.はじめに
「理学療法を取り巻く学際領域」というテーマの下では,学際性を視点として理学療法学の成立過程を概観し,その方向性を模索することが必要であると考えています.
従来の近代科学では,世界を私たちに対する「客観」として観察するという基本的態度に立っています.これに対して,心身医学や深層心理学などの新しい諸分野は,外部世界の観察よりもまず人間の実践的な主体的経験に即して考えてゆくという基本的な姿勢から出発しているといえます.
私たちが行う理学療法の対象は障害であり,障害そのものの除去・軽減あるいは新たな運動技能の獲得や代償能力の向上が主たる目的となりますが,個人としての患者に内在する「こころ」のあり方,すなわち,心理的な諸問題を無視することはできません.治療の対象が「人体」ではなく「人間」そのものであることは自明でありましょう.
人間は「こころ-からだ」をもって「もの」の環境のなかに生きています.故に,「こころ」の問題を扱うには,従来の科学が用いてきた客観的経験科学の研究方法に頼らざるを得ません.しかし,この場合には,単なる客観的観察の立場にとどまっていたのではその解決にはなりません.近代の科学が外なる世界から出発して人間のあり方をとらえようとしたとすれば,私たちは人間の生き方から出発して世界をとらえるという逆の方向からの道を探ってゆく必要があるのではないでしょうか.このような新しい諸分野の研究は,このような意味から,「主観的経験の科学」であり,「人間科学」と呼ぶこともできましょう.
表1は中村1)が運動療法の諸分野とその理論的背景を示したものです.「この中の運動生理学と生体力学は自然科学の理論が確立していることから,これより運動療法を理論的に構築することは不可能ではないが,残り2つの分野は,人間科学に属するテーマであり,基礎科学としての理論体系はまだ十分確立されていない」と指摘しています1).
これは,これまで経験と実践に基づく実証科学として位置づけられてきた運動療法自体が,ある意味では,この「人間科学」に含まれることを示唆しています.そして,この「人間科学」は本稿の主題である「学際領域」によって形成されているのです.
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