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はじめに
これまで,認知(cognition)といえば高次脳機能障害のことが頭に浮かび,失行症や視空間失認なら作業療法士,失語症なら言語聴覚士の仕事だと考え,理学療法士にとっては治療対象としての認識が薄かったように思われる.しかし,この状況を一変させたのは,高知医療学院の宮本がイタリアから日本へ紹介した「認知運動療法」の登場であろう.本誌第26巻第1号(1992年)に掲載された特別寄稿論文1)は,それまで運動器の解剖生理と低次な運動制御理論を治療の根拠にしてきた理学療法士にとって,拠り所を揺るがされるほどインパクトのある内容であった.さらに,その少し前の1989年には,いまや「バカの壁」のミリオンセラーで有名となった解剖学者の養老が「唯脳論」2)を発表し,この頃から日本では脳に対する関心が急速に高まり,現在の国民的脳ブームへと発展した.こうした社会背景も後押しして,脳神経科学の知見に基づいて開発されたとする認知運動療法は,旧態依然とした理学療法に閉塞感を感じていた数多くの理学療法士達から好意的に受け入れられたと考えられる.
認知運動療法の登場は,これまでのように運動療法のテクニックが1つ増えたという量的な変化ではなく,理学療法士に認知という用語を身近なものとして意識させ,これまで逃げ腰であった高次脳機能障害や認知症までをも治療しようとする態度の変容といった質的な変化をもたらした.その結果,現在では高次脳機能障害に対する「認知リハビリテーション」や心理療法としての「認知行動療法」にも関心が及ぶようになったことは,“理学療法の認知革命”といっても過言ではない.しかし一方で,科学的根拠がない治療的介入であっても,認知にアプローチしていると主張すれば,いかにも脳神経科学に立脚した理学療法を実践しているかのような風潮があるのも事実である.これは理学療法士の間で,認知の意味を十分に理解しないまま曖昧に使われるようになったことが原因だと考えられる.
そこで本稿では,認知とは何か,その定義や概念を再確認したうえで,理学療法に関連した「認知」がつく用語の概要を紹介し,認知への理解を深めたい.
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